大谷光瑞(鏡如)上人について

大谷記念館

Otani memorial hall

別府別院 大分教務所内

鏡如上人と升巴陸龍

鏡如上人と精舎昌美

大谷記念館展示物のご紹介

鏡如上人と精舎昌美

精舎昌美は、広島県豊平町仙徳寺の出身。明治45年、地元の高等小学校在学中に選抜され15歳で六甲の武庫中学に入学。大正3年武庫中学閉鎖と同時に上人に随行し中国に渡った。抜群の語学力で特にロシア語が堪能で、浦塩東洋学院講師の経歴を持つ。

上人の絶大なる信頼を得ていた昌美だが大正10年8月8日、肺結核により神戸の須磨病院で24歳の若さで亡くなっている。

本願寺新報(平成7年10月10日号)で当記念館の記事が掲載されたのを機に、仙徳寺住職が当館に資料の調査を依頼。上人の直筆の書簡、写真等多数の資料が初めて研究者の目にふれた。

 

 

 

 

 

 

                                           大分県別府市北浜3丁目6-36 TEL0977-22-0146